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うきうきマンドリル

鼻の角栓抜くのの次くらいの暇つぶし

留年が決まりました雑感

留年玲奈ちゃん「じぇじぇじぇ!?」

 

を思いついてブログに書こうとワクワクしてたんですけど、ググったらすでに思いついている人が普通にいますね。ネットは広大だ。僕が留年したことだってネットの大海に漂えばちっぽけなことなのさ・・・(ニヒルな笑みを浮かべて

 

 

 先日、留年がオフィシャルに決まりました。

大学の教学課からの正式な通知を受け取った、という意味です。各学年次で定められた必修科目の筆記試験に合格できなかったのが留年の理由です。もともと覚悟が決まっていたので、「やっぱりかー」という衝撃のほとんど無い受け取り方をしたのが他の同級の留年生と大きく違うところでした。3月以降の再試ラッシュ時のブログ更新をご覧になった方なら分かる通り、僕は重たい何かに憑りつかれて、ほとんど勉強をせずに再試を受験していました。試験時間中にもう「はいはい、留年留年」と諦めてしまっていて、出席番号と名前と、常識的に回答できる数問を埋めて時間中に試験室を途中退室しました。あまりの退室スピードに、一部同級生の間で噂になっていました。アイツは終わった、と。

 

 

親不孝以外の何ものでもありませんが、親不孝以上でも以下でもないな、と自分の中で結論付けました。つまり、親の許しが下りていて、将来働いて学費をお返しできさえすれば、僕は他の誰の迷惑もかけていないから堂々としていよう、と。(おかしなことを言っている自覚はありますが、こうやって自己暗示をかけないと前に進めない気がしているのです。)

 

休み返上で勉強の手伝いをしてくれると言ってくれた親友(その提案は退けたが。)の気持ちも、事あるごとに説教臭く忠告してくれた先輩の多少の気遣いも、抑うつ状態になって気まずい空気マックスなのに会いに来ようとしてくれた彼女の気持ちも全部無駄にして、すんなりと留年。でも親以外の誰にも「実害」は与えていない。僕の中でそういうことにしました。

 

 

問題の親の反応ですけどね、

先日実家に帰って事の顛末を報告して来ました。御存じでしょうか。留年にまつわるコピペの中で有名なものがありますよね。言ってみれば視野の狭い僕にとっての留年のイメージのすべてでした。

 

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2010/11/14(日) 18:20:25.47 ID: lqE8ar7wP
留年経験者から言わせて貰うと
だいたい心の準備は出来てるから通告された時の精神的ショックはそれほどデカくない
多少涙目になるぐらいだ
でもな、問題はそのあと両親に報告する時なんだよ
電話するだろ?「ゴメン留年した」って
電話では「…そう。残念だったわね。いつ帰ってくるの?」とか優しいんだぜ
まぁその優しさが心に痛いんだけどな
で、恐る恐る帰省すると、案外あっさり迎えてくれて、ほっとしてくつろいじゃったりなんかして
メシ食って、リビングでテレビなんか見ててさ、母親がぼそっと呟くんだ
「あなた何も言う事無いの?」って
「…ごめん、留年しました」「それだけ?これからお母さんたちにどうしてほしいの?なんで今まで連絡しなかったの?どうして留年したのか聞いて無いよ?」
あぐらかいてた俺は正座しなおして、何年かぶりに親の前でダラダラ涙流して謝ったね
もう二度とあんな事したくない

 

僕の両親も上の人の場合と似たタイプだと思っていました。だから僕は出来る限り惨劇を避けるべく、コピペを反面教師にして親に頻繁に近況報告を行っていました。しかしその文面から漂う悲愴感が図らずも(?)強過ぎて、親の同情を引いてしまい情状酌量を求めたような形になってしまったみたいです。ざっくり言うなら、「あまり怒られなかった」。もちろん先のことをたくさん話し合ったけれども、ここに書くようなネタ要素はないかな?でもとりあえず、二度と同じ過ちを繰り返さないようにとは釘を刺されました。心入れ替えて、大学中退なんてことにならないようにと。

 

  

今ようやく、虚無感から心が癒えてきています。覚悟していたとはいえ、しばらくは呆然としました。自分の情けなさに気持ちは沈み、訳の分からない記事を書いたり、釣り記事みたいなものを書いてみたりもしましたが、ようやく気持ちが回復してきたのでこの日記を書いています。高すぎる授業料と引き換えに、自分をどうにか変えていけたらと思います。

 

 強がって一つ吠えるならば、

同期卒業したいと思えるほど好きな同級生なんてほとんどおらんし!数人残してあとは一生決別でええわ!

 

もっと面白おかしく留年雑感を書きたかったのですが、そこまでネタを寝かせると4月になっちゃいますので、この辺で勘弁してください。