うきうきマンドリル

鼻の角栓抜くのの次くらいの暇つぶし

初めてタバコを吸った日とそのきっかけ

ニコチンとの初キスはバニラのflavorがした

12月上旬の話。僕は初めてタバコを吸った。安心して下さい、成人していますよ。

20年の人生のなかでの僕の交友関係は常に清純そのものだった。真面目だけが取り柄の規則の多い男子校で育ち、酒、タバコ、女、すべてにおいて童貞を貫いた。

 大学に進学してからも周りには喫煙者が少なかった。一緒に食事したことのあるくらいの間柄で限定すれば、3つ上の先輩が吸うくらいのものだった。大学生の喫煙率がいまや1割だと聞くが、それにしたって僕の周りには数が少ない。かえすがえす僕は清純派だったのだ。


そもそもタバコ自体が忌むべき対象だった。ヘビースモーカーの父親に対する母親の愚痴を幼い頃から聞かされていた僕は、身体への害うんぬん以前に、生理的に喫煙者を嫌悪していた。周りの不快そうな視線に気づかないフリをし好き好んで己を臭く燻すオジサンたち。飲食店で近い席に座る客がタバコを取り出すとそれだけで眉間にしわを寄せた。タバコと芳香剤の混ざった匂いのするタクシーは常に拷問だった。


周りから影響を受けなければわざわざタバコに手を出すきっかけは生まれない。そう、環境が、少し変わったのだ。


ここ数か月、密に親交のあるブロガーさん2人が愛煙家だった。ネットを通じての関わりしかないが、随分と濃い時間を共に過ごした。彼らと話しているとしばしば喫煙の話題が上がった。それをきっかけにタバコを吸うことがひとつの卑近な選択肢として自分の頭のなかにゆらゆらと浮かび始めていた。猛烈に勧誘を受けたというわけでもないのだが。

ちょうどその頃、僕は大学の試験勉強に行き詰まりを感じていた。詰まりに詰まって気分転換を必要としていた。衝動的に部屋にあるノートや参考書を捨てて新調した。僕はときたま、こういうすべてをリフレッシュしたい衝動に駆られた。

過去の一番酷い例でいうと、大学受験生の冬には、腰から下半身の毛という毛をリフレッシュしたことがあった。当時は今の比じゃないくらい頭がおかしかったのだ。

今回のタバコもそういうつもりで。愚かしいとは分かっている。こんなことでリフレッシュできるはずはないと最初から分かっている。なんならパ●パンの年の受験には結局落ちたし。


思い立ってからは早かった。
初心者向けのタバコとしてピックアップした銘柄はキャスター。

バニラの香りがするという触れ込みのこのタバコは、幼少期、キッチンにあったお菓子作り用のバニラエッセンスをくすねて鼻の下に塗り付けて

「どこでもアロマ~♪」

と言ったかどうかは定かではないが、そんな匂いフェチのクソガキだった僕にとってはうってつけだと思った。

最寄りのローソンで「えっと、キャスター、32番で」と吃りながら注文する。
ひょっとしたら年齢確認を受けるんじゃないかと期待した。自分では童顔で、歳のわりに若く見えているんじゃないかと思っていたから。

残念ながらすんなり買えたキャスターとライター、そして空の缶コーヒーを持って近くの公園まで歩いた。部屋に臭いが残るのが嫌で、下宿先のアパートから離れた場所で吸いたいと思ったのだ。寒さか緊張かあるいは未摂取のニコチンの中毒症状か、手が小刻みに震えていた。

灯りの下、ベンチに腰掛けて紙巻き煙草を鼻に近づける。点火前のタバコは紅茶のティーバッグのように香ばしい。
足元には枯れ草のようになったもみじがふかふかと散っていた。

ついにやってきた点火の瞬間。
あらかじめのリサーチにより手順は盤石。
口の中に流れ込んできた煙が、童の貞である舌先を刺激する。

燻製にされるベーコンの気持ち(?)ってこんな具合だろうか。舌はチリチリと痛み、喉は風邪の治りかけのようないがらっぽさ。

あえて、吸い口の逆側に鼻を近づけて「副流煙」を嗅いでみる。神社で焚き火に当たるときのような煙たさで、とりわけ不快感はなし。しかし涙が出るほど目に染みる。息の白さが冬の夜の湿気を含んだ呼気なのか、タバコから出る煙なのかの判断がつかない。意外と灰が落ちなくて、灰皿代わりのコーヒー缶は手持無沙汰。

タバコを半分ほど燃やしたところで、調子に乗って肺まで煙を吸い込んでみる。煙が気管を駆け抜ける感覚。今まではプレーンな空気しか吸ったことがなかったことを改めて実感する、その違和感。ロストバージンの感覚。

口内がべとべとする感覚はあったが、特に苦いわけでもなく、触れ込みのバニラフレーバーは「言われてみればそうかも?」というレベルで、タバコを美味しく感じる境地には一歩も踏み入れることができなかった。

「呼吸器を燻している」という表現が適当だと思った。ひたすら非 健康的な活動に思えた。実感はないが、今吸っているニコチンは血流に乗って脳の血管を萎縮させるらしい。

そこから計4本のタバコを根っこまで灰にしたが、これといった体調の変化も表れないので今回はお開きにした。

肺を換気するイメージで、冷たい空気を深呼吸しながら公園の外周をぐるりと回った。新鮮な空気の方がいつもより美味しく感じた。

帰宅後には喫煙中は感じなかった口臭が気になり始める。指先もヤニ臭い。
歯を徹底的に磨き、食器用洗剤で指先の臭いを落とし、着ていたニットとジーンズにファブリーズを振りかける。この後処理の気怠さが、アレのあとの賢者タイムに似ているなと思った。


この経験を通じても、僕は常習の喫煙者になるつもりはない。一般的には、タバコは女性ウケが悪いのだ。
ただでさえ大学でモテないのに、わざわざ己の低スペックに「ヤニ臭い」というマイナスポイントを上乗せするのは愚かしいことだ。
その一点だけでもタバコを吸わない理由になる。

この夜以降、僕は二度とタバコを吸うことはないだろうと思っていた・・・が・・・


以上が僕のニコチン童貞喪失記。
後日談として、あと3本くらいタバコにまつわる話を書こうと思っているのでよかったらまた読んでください。