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うきうきマンドリル

鼻の角栓抜くのの次くらいの暇つぶし

20代前半大学生が振り返る、僕のノスタルジックゲーム史

僕は日本男児ゲーマーというくくりがあるとしたら、中の下に位置する程度のゲーマーだ。ドラクエはやってない。モンハンはやってない。東方(?)も、アイマスも(??)。そんな僕でも、君のゲームにまつわる思い出は?と問いかけられれば小一時間はお喋りできてしまうほど、この国のゲーム文化は深く根付いている。

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親の影響も大きい。僕はあらゆる面で適当で遊び好きな父親と教育熱心な母親に育てられたが、物心がついた頃には初代ゲームボーイとスーファミが家のリビングに転がっていた。ゲームボーイのソフトは、テニスやゴルフをやる簡素なものから、初期中の初期のマリオ。スーファミはスーパーマリコレクション、ロックマンX、スーパードンキーコングシリーズ。ほかにも10本くらいあったが実家に帰らないと思い出せないくらいに記憶が薄れている。基本は主人公が左から右に走っていってゴールを目指すアクションゲームばかりで、これは父親の趣味だと思う。特にスーパードンキーコングシリーズは攻略本を購入して没頭した。真面目な母親も案外ゲームが好きだったようで、トロッコのステージでは「ちょっと貸してよー」と僕のコントローラーを横取りした。タイミングよくAボタンを押すだけの覚えゲーが彼女の性格に馴染んだようだ。

 

それからしばらくしてポケットモンスター赤、緑が発売されて、これを僕は母親とプレイすることになる。ゲームボーイのソフトをスーファミに差し込みテレビ画面に映し出せるカセットを買ってきた母親は「ゲームボーイは画面がちっちゃくて目が悪くなる」と言ったが、息子と流行りのRPGをやってみたかっただけじゃないかと子供心に疑った。(※スーパーゲームボーイと言うらしい。任天堂はなにかとスーパーつけがちだ)

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RPGというゲームのシステム自体が初めての体験だった僕らは、突然文明を得た原始人のごとく、探り探りポケモンを進めた。母と息子の共同プレイだったので、主人公の名前は「リクトミキ(陸と美貴)」だった。そう、僕の母の名が「美貴」である。シナリオ内で登場キャラにしばしば名前を呼びかけられ、そのたびに「二人で一人」な違和感を覚えていた。マサラタウンから外に出ることすら困難で、隣町のフレンドリーショップにおつかいに行くだけでプレイ時間は2時間を越えていたはずだ。サファリゾーンにとにかく熱中した。

 

幼稚園年長さんにあがってから初めて家族以外の人とゲームをプレイした。星のカービィスーパーデラックス。いわゆる神ゲーである。お馴染みの0%のトラウマはもれなく僕も経験している。(本当に、ググればなんでも出てくる時代だwww)

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今になって昔のホームビデオを見返すと明らかに「アスペルガー」という言葉がしっくりくるような幼稚園児だった僕には、幼稚園のなかで、隣のクラスの女の子一人しか友達と呼べる子はおらず、食玩のポケモンフィギュアで彼女とおままごとするくらいしか外界との繋がりがなかった。そんな僕だが、たまたまママ友の繋がりの都合で、母親に連れられてそんなに好きでもないクラスメートの男の子の家に行ったことがあった。母親同士が子供たちには気もくれず紅茶を飲みながら談笑して、強制的にその男の子と二人で時間を過ごさなくてはいけなくなったときに、その子が「これ知ってる?」と僕に見せてきたのがスーパーデラックスだった。ちょうど同じ時期に僕も親から買い与えられていた。「知ってる!」僕は飛びついた。初めての協力プレイ。たしか、このゲームでは片方のプレイヤーがスイッチを押しておいて扉を開け、もう片方がそのタイミングで扉の先に進んでいくという協力を必要とするシーンがいくつかあったのだが・・・。アスペ園児だった僕は・・・嗚呼、思い出したくない。

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小学生になり、クリアパープルのゲームボーイカラーを手にしたときの高揚感は今でも忘れない。色ついてる!ゲームボーイアドバンスSPのバックライトの点灯も忘れない。小6で偶然見てしまった、女の人の脇毛も、、、たぶん忘れられない。

 

ポケモン金、銀、カービィ、そしてまた今度じっくり語りたいのだが隠れた名作「もんすたあ☆レース」。(もんレー知ってる人がいたらどうか、それ知ってる!だけでもいいのでコメントを書き込んでほしい!w)そのほかにも山ほどゲームソフトを買った。親にはゲームは1日50分までと規制されていた。今レポート(セーブ)書いてるとこだから!と言い訳してプレイを続け、ちょうど辞め時が60分くらい。母親の計算はこんな具合だったのだろう。小学生に上がっても友達は近所に住むコウイチクン一人ぐらいだったし、憧れの通信ケーブルでの対戦なんかもまだまだ先のこと。それでも、ゲームがコミュ力に難のある少年時代の僕に、人との繋がりを与え始めていたのはたしかなことだった。

 

このあとスマブラ、ルイージマンション、パワプロ、戦国無双、ラブプラス、エロゲーと話が進んでいく予定なのだが(爆)、あまりに長引いてしまうのでこの辺でいったん切る。続き、また書きます。

 

今週のお題「ゲーム大好き」