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うきうきマンドリル

鼻の角栓抜くのの次くらいの暇つぶし

インターネットによる動機付けは不健全でしょうか

ハイパー自分語り

京都旅行の日記(そうだ 書を捨て、京都へ行こう(秋の学生一人旅レポ)について、fktackさんから言及をいただきました。「なるほど!」と思う部分、世代間の認識の違いなど、僕は一般論を語れない阿呆なので、あくまで個人の認識として、書き残しておきます。

[もくじ]

fktack.hatenablog.jp

インターネットは自由を奪うツールだという主張。

 

私以外の人は皆スマホを眺める人が多い。

(略)

私はそれ以外の人たちがスマホや携帯に取り組む姿を見て、
「情報を処理している」
と表現した。それはなにも若い人だけではなく、初老の人でも同じだった。見慣れた光景ではあるが、こんなに画面に見入っていては、さぞ疲れるだろうなと思った。

私は大学時代は自由だった。それは熱心に漫画を書いていたからだった。だけれどももしそのときインターネットがあったら、インターネットでそれを公表してたくさんの人に見てもらいたいと思い、自由はかなり制限されたと思う。

 

①スマホ見っぱなし問題について

そういうものだから、僕にとって、それが当たり前のように受け入れられている実情だから、で片付けてしまっていいのか分からない。しかし僕の感覚では、ツイッターやブログ、その他のネットを通じたメディアに絶えずその身を晒されているという状況は、たいして疲れるものではない。中学生から携帯電話を持ち、絶えずiモードでなんやかんや情報に触れていた当初から、この状況に疑問はなかった

情報を一切シャットアウトした環境に自分を置いたことがないので、常に情報で両手が塞がっている状態というのは、そうでない人の目には不自由に映るかもしれない。だが、それが程よい暇つぶしであり、電車で何もすることがなくぼんやりとしている手持無沙汰な状況がかえってストレスになっているのである。スマホが無ければ僕は文庫本を携帯すると思う。・・・眼疲労は認める。

そこに人間関係の問題が介在し、語り古された「既読スルー問題」や「SNS疲れ」が起きた場合には、少しSNSから離れてみるとか、疎ましい対象を「ブロック」するとかそれなりの対処法はある。しかしそれはインターネットの弊害ではないと思う。このようなトラブルはインターネット以前の、人間の感情とのお付き合いの問題だと思うからだ。そういった意味では、インターネットで疲れる人は、日常生活で既に疲れていると思う。

 

②インターネットが表現の自由を奪うことについて

こちらがとても興味深くて。
fktackさんは学生時代に漫画を描いておられて、ごく少数のご友人にだけそれを見せていたそうです。その活動に自由を感じられていた。もし気の合う友人に留まらず、インターネットを通じて多くの受け手に漫画を公表しようと思った場合、どうしても万人受けを狙って、表現の幅が狭まるという不自由を被っただろう。インターネットが無くてよかった。というお話です。

もう一度断って、これは僕個人のスタンスなのですが・・・

今の僕にとっての表現の場はこのはてなブログです。僕はこのブログを大学の友人や家族、恋人に公開していません。そのおかげで、友人には内緒の恥ずかしい話、同世代の友人にはウケが悪いであろう話、場合によっては品性を疑われるため、日常会話に組み込みようのないエグイ話などをここに書き込むことができます。これはある意味で、インターネットによって自由を獲得できたと言ってよいでしょう。

リアルの知り合いには読まれたくない!でも、それ以外の(1億人-僕の数人の知人)の大勢の人に読まれたい!というアンビバレントな欲望を、工夫次第で満たすことができるのです。

もしもあの日のfktackさんに、人には言えない特殊な性癖があり、それを題材にしたエロ漫画を描きたいという欲望が芽生えてしまっていたら・・・インターネットが自由をもたらしてくれたかもしれません。

 

話は逸れますが

ネットで公表する以上、読者の目を気にして自由に動けない・・・。たしかにそういう面はあるでしょう。犯罪自慢や猥褻物陳列はできません。読者に嫌われたくないから偏った思想はそうやすやすと発表できなません。あるかもしれません。

でも逆に、ブログのネタになるならやってみようか、と動機付けされることも少なくなく、それが傍目に不健全だったとしても当人の僕は楽しんでいるのです。

先日、某「男の娘」の個展に行きました。ふらっと行ける距離でもありませんでしたし、そこまでの関心があったわけでもありませんでした。しかし「ブログネタになるよ」と他のブロガーさんに唆される形で出向きました。実際に行ってみると、ブログとか無関係に、楽しいのです。

【男の娘】大島薫展に行って大島薫ちゃんに会ってきたよ【@名古屋】 - 燃えないごみが燃える日

インターネット依存症の具合をチェックするための項目として

Facebook等に書き込むネタを作る為に行動することがある

という項がありました。ドンピシャですね。でもそれ自体を楽しんでいます。結果オーライ、ということにして頂くわけにはいかないだろうか?

 おしまい

僕がインターネット依存症なのは認めます。それによる行動が傍から見ると奇異であることも、多少は実生活にマイナスな影響が出ていることも否めません。しかし、インターネットのおかげで僕が自由でいられる部分、そして自由をより有意義に使えるための部分があるというのもまた譲れないところなのです。

もう抜け出せないことでしょう。動機付けをインターネットに外注する、そうやってしか自由を得られないのかもしれません。今からインターネットに依存しない、純粋な感覚に戻るためには、もう幼児退行しか方法は残されていないのかもしれません。